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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2696号 判決

控訴人

粂野芳郎

代理人

有賀功

被控訴人

土屋はつ

代理人

芹沢孝雄

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所は、当審における証拠調の結果を参酌しても、控訴人の本訴請求を理由なきものと判断する。その理由は、左のとおり付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

一、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は、東京地方裁判所から、昭和四一年七月二八日午前一〇時の口頭弁論期日呼出状、本件訴状、答弁書、催告書の送達を受けたので、不審に思い、これを佐藤鉄雄に示したところ、同人は、控訴人との貸借は自分がやつたことだから、自分が解決する旨答えたので、同人に右書類を交付して一切の解決を同人に委ね、その後同裁判所から呼出状等の書類の送達を受けても、同人に一任してあるからよいと思つていたこと、佐藤は、被控訴人の代理人として弁護士谷川哲也を依頼し、同弁護士は、昭和四一年一二月六日辞任するまで、被控訴人の代理人として本件訴訟を追行したのであるが、直接本人である控訴人に面接して事情を聴取することなく、単に佐藤から、被控訴人は本件土地、建物を担保として、金一〇〇万円を、弁済期二か月後、利息月五分の約で控訴人から借用する契約をし、そのうち金四〇万円だけは受領したが、残額の交付を受けていない旨の説明を受け、それが真実であると信じて、右説明どおりの内容の答弁書を作成し、原審口頭弁論において陳述したこと、しかしながら、被控訴人は、昭和四一年一月頃佐藤と世間話をしているうち、原判決添付別紙物件目録記載の土地、建物の登記名義が「土屋はつ」ではなく、「土屋はつ子」になつていると言つたところ、佐藤から架空人名義だから被控訴人が死亡すると物件が政府のものになつてしまうと言われたので、これを信じて、佐藤に登記名義を「はつ」と更正することを依頼して実印を預けたことがあるが(実印を預けた点は、当事者間に争がない。)、同人に右土地、建物を担保にして控訴人から金員を借用することを依頼した事実はなく、甲第一号証(領収証)、同第二号証(委任状)は、右のとおり佐藤が被控訴人をだまして手に入れた被控訴人の実印を何人かが冒用して作成したものであり、甲第六号証(被控訴人の印鑑証明)は、右実印を利用して佐藤が品川区役所から交付を受けたものであることを認めることができる、〈証拠判断省略〉右認定の事実によれば、谷川弁護士が被控訴人の代理人としてなした前記自白は、真実に反し錯誤に基づくものというべく、右自白の撤回は許される。

二、前掲各証拠および原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果を総合すれば、原判決理由(二)の事実(原判決六枚目表五行目から同裏九行目までに記載された事実)および控訴人は被控訴人に、前記土地、家屋を、買戻特約つきで買取る方法によつて担保にとり、金七〇万円を貸与することとし、右金額より利息、登記費用等を差引いた金六四万円を持つて蕨市の司法書士の事務所まで行つたが、被控訴人の代理人として紹介された佐藤とは初対面であるし、かつ被控訴人本人とは面識なく、その意思をたしかめる方法を全然とつていなかつたので、佐藤の代理権に若干疑念を抱き、これを渡さず、同日夕刻新宿の喫茶店カトレアで被控訴人本人に会つて渡すことにし、佐藤に被控訴人本人を同道するように命じたのであるが、佐藤らが被控訴人を連れてくることを承諾しておきながら、これに違反してカトレアに被控訴人を連れて来なかつたにも拘らず、被控訴人の実印と印鑑証明を持つてきたことに満足し、正式に契約して右金六四万円を佐藤に渡した事実を認めることができるのであつて、控訴人がせつかく予定した確実な方法を中途で放棄し、佐藤の遁辞を容易に信用して被控訴人本人が来ないのに、前記のとおりいつたんはその代理権に疑念を抱いた佐藤を代理人として契約を締結して現金を渡した点、被控訴人の重要な財産の売買が問題となつているのに、それまで被控訴人と一度も会つたことはなく、また電話その他の方法により被控訴人の意思をたしかめる方法を全然とつていない点、佐藤から渡された被控訴人名義の領収証の金額金四〇万七、三七五円と貸与額とに相当の差異の存する点に疑問を感じなかつた点等において控訴人に過失があつたものというべく、佐藤に本件契約の代理権ありと信じたことについて正当の理由があるとはいいがたいから、控訴人は民法第一一〇条の表見代理の規定の保護を受け得ないものと解するのが相当である。

以上の次第で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(浅賀栄 川添万夫 秋元隆男)

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